第14回 巡礼宿のポルト・ワインの夜
ミュンヒナー・ヤコブスヴェークは、ミュンヘン市内から南西へ270km、オーストリアとスイスとの国境に位置するボーデン湖(Bodensee)まで延びるサンティアゴ巡礼路です(参考:Münchner Jakobsweg)。
私と夫が大きなバックパックを背負って、この道の約140km地点に位置するレヒブルック(Lechbruck)という町まで歩いてやってきたのが前回。まだまだ旅は続きます。
古い農家を改装した宿の清潔なベッドでぐっすり眠った翌朝、身支度を整えて食堂へと降りて行くと、なんともうれしい充実の朝食が待ち構えていました。
オースターン(Ostern、イースターのこと)の週末を前に、この時期に特別に食べられる、日本のパンを思い起こさせるほんのり甘くてふかふかしたオースターフラーデン(Osterfladen)や、殻をカラフルに色付けしたゆで卵も食卓にのっています。
宿泊客は私たちだけ。宿の主人である老婦人とぽつりぽつりと旅程や天気についてなどの話をしながらほとんどを平らげ、残りは休憩時の軽食として包ませてもらいました。
■風雨と雪の山道でリタイア寸前
彼女に別れを告げ、宿を出たのは8時半。歩き出すなり冷たい小雨が降り出し、うつむきがちに先を急ぎます。
レヒブルックの町を抜けると、道は周囲に広がるゴルフ場に続きます(ゴルフボールが飛んで来たりしないのでしょうか……?)。さらに肥やしが香る牧草地帯を過ぎ、ささやかな村を通り抜けていきます。
後に続く旅人のために矢印を形作る夫。スペインの巡礼路ではよく見かけた印です。
道は急なアップダウンが多く、山に分け入るような場所も……。
雨風は次第に強くなり服を湿らせ、小雪まで舞い出しました。この日の道程は23km。この時点で半分も来ておらず、途中のベンチで震えながら朝食の残りのパンをかじって、思わず夫婦ともに気持ちがめげそうに……。しかしここは車1台通りかからないような田舎道。歩を進めるしかありません。
■「結婚式のスープ」でひと休み
昼過ぎになって、シュテッテン(Stötten)という小さな町でようやく休憩できそうなレストランを見つけ、迷わず入店。寒くて暗い外とは対照的に、なかはぽかぽかと暖かく、オースターンを祝う家族連れでほぼ満席!
すっかり体が冷えてしまっていたので、私はあたたかい紅茶とスープを、夫はおなじみのチーズパスタ、ケーゼシュペッツレ(Käsespätzle)を注文。私が頼んだ「結婚式のスープ(Hochzeitssuppe)」という、わくわくするような名前の付いたメニューは、実際に友人の結婚披露宴でも似たものを口にしたことがありました。
いわれのほどは不明ですが、ぽこぽこと丸い具がブイヨンに浮かんで可愛らしい姿です。小さなものは「ドイツの天かす」としか表現しようのない揚げ玉。白いものはヴァイスブルスト(Weisswurst、白ソーセージ)に似たお団子、灰色みがかったものはレバークネーデル(Leberknödel、レバーを使ったお団子)でした。
やっと人心地つき、残りの道を乗り切るため、今度はしっかりと雨を防ぐポンチョを着こんで再スタート。
今日の「山場」はすでに越えていたようで、道はぐっと平たんになり体も楽に。かつてかのゲーテが宿泊したというプレートが打ち付けられた建物を発見して感心したり、ビーバーがかじったと思しき大木を見つけて彼らの姿が見当たらないかと川を覗き込んだり(残念、見つかりませんでした!)……と道を楽しむ余裕も出てきました。
休憩なしで急ぎ足で進めば、覚悟していたよりもずっと早く、目的地のマルクトオーバードルフ(Marktoberdorf)の教会の塔が見えてました。夏はさぞかし美しいだろう並木道を抜ければ、教会に到着。亡くなったばかりの遺体が安置されていた小さな礼拝所の軒下を借り、今夜の宿の場所をチェックします。
■サンティアゴ巡礼の思い出話に花を咲かせて
疲れた足をひきずりながらようやく到着した今夜の宿は、巡礼者向けに開かれたその名も「エルフィーの巡礼宿(Elfie’s Pilgerquartier)」。女性主人の名は、もちろん「エルフィー」。彼女から、お茶とお菓子の温かい歓待と、この先の道のりについて、丁寧な説明を受けました。
ご主人と幾度となくサンティアゴ巡礼に出かけているという彼女の宿は、見事に巡礼のシンボルマークであるホタテの装飾だらけ! 巡礼中の写真や杖もデコレーションされています。彼らも私と同じく、この道にとりつかれてしまったひとりのようです。
シャワーを浴びて、ほっとひと休み。
夕食をとるにも町中へは少し距離があるとのことで「もう歩けない!」なんて夫にこぼしていたら、なんとレストランへは、エルフィーさんの旦那さまのエアハルトさんが車で送ってくれるとのこと。宿には、靴を乾かすためのヒーターに、衣類を洗って干せる場所……さすが経験者、巡礼者のほしいものがちゃんとわかっています。
レストランでいただいたのはマウルタッシェン(Maultaschen)。この料理がメニューに姿を現すと、シュヴァーベン地方にやって来たんだなあと感じます。
スープに浮かべたり、ソースをかけたりとさまざまにアレンジされるマウルタッシェンですが、ここではパリッと焼き上げ、甘く炒めた玉ねぎが添えられています。ハーブなどで香りづけした肉を生地で包んだ、言うなれば「ドイツ風餃子」? 日本人にも親しみやすい味です。
すっかり元気になって(今度はちゃんと歩いて!)宿へ戻ると、訪れた旅人とサンティアゴ巡礼の話をするのをなにより楽しみにしているのでしょう、エアハルトさんがポルトガルで買ってきたという、ご自慢の白のポルト・ワインのボトルを掲げてお待ちかね。
こっくりと甘いワインを飲みながら、スペインのサンティアゴ巡礼や、私がかつて歩いた四国お遍路の話を披露するのはもちろん、日本に行ったことがあるというエルフィーさんの思い出話などに花が咲いた、楽しい一夜となったのでした。
ドイツ人の夫との「食のカルチャーギャップ」を綴ったエッセイ『ドイツ夫は牛丼屋の夢を見る』(講談社)がこのたび発売になりました!
人一倍食い意地の張った私の、ドイツ1年目の食にまつわる驚きや戸惑いをぎゅぎゅっと詰め込みました。
お恥ずかしながら、夫婦間の果てなきバトルの模様も……イラストや写真もたくさん使った、楽しい本です。ぜひぜひ、お手にとってみてください。
著者プロフィール:溝口 シュテルツ 真帆(……と旅の相棒の夫)
2004 年に講談社入社。編集者として、週刊誌、グルメ誌を中心に、食分野のルポルタージュ、コミック、ガイドブックなどの単行本編集に携わる。2014年にミュンヘンにわたり、以降フリーランスとして活動。著書に『ドイツ夫は牛丼屋の夢を見る』(講談社)。南ドイツの情報サイト『am Wochenende』を運営中。http://www.am-wochenende.com/