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ドイツで羽ばたく日本人

ドイツで学ぶ、心の健康のためのアート 宮田裕子さん

こんにちは。ベルリンに住んでいる、ライターの久保田由希と申します。今回から、ドイツで活動中の若い日本人をご紹介していきたいと思います。

ドイツでは多くの日本人が、大学で学んだり、働いています。困難を乗り越えながら、異国の地で頑張っている姿を見て、私もたびたび励まされてきました。このコーナーで、ドイツで活躍する日本の方々をご紹介することで、ドイツをもっと身近に感じていただけたらいいなと願っています。

第1回は、ベルリンの大学でアートセラピーを学んでいる、宮田裕子さんです。

日本ではアートセラピーについて、まだあまり知られていませんよね。昨今の日本では、バーンアウトなど、うつ病の患者数が増えています。こうした病気に対して、欧米の病院では、従来の薬物治療や会話による心理カウンセリングのほか、アートや音楽を使った心理療法がますます主流になっているそうです。

もともと宮田さんはアートや演劇に興味があり、どうして人は、アートにこんなに強く心を動かされるのだろう、という心理に関心がありました。日本の大学ではドイツ文学を専攻。その後、日本で舞台制作のアートマネージメントなどの仕事に就きながら、自分でも絵を描くようになりました。仕事で忙しい毎日でも、色や形で自由に表現する時間を取ることで、心がほぐれて素の自分に戻れるように感じていたそうです。

やがて知った、アートセラピーの存在。これまで人の心やアートについて考えてきた宮田さんにとって、欧米では、その効果が医療として実践されているのは、とても納得のいくことでした。
留学先にドイツを選んだのは、実直で合理的なドイツ人が、人の心理やアートという抽象的なものをどう捉えているのか興味があったから。もちろん、ドイツではアートセラピーが医療として国の認可があり、国立大学で資格を取得できることも理由でした。

セラピーとはいえ、絵心のない人にとって絵を描くのはハードルが高いように思えますが、
「歌ったり、絵を描いたりするのは、喋ったり、スポーツをしたり、食べるのと同じで、もともと人間の基本的な行動のひとつ。専門家やアーティストだけのものではないんです」
と宮田さんは話します。

うまい・下手ではなく、気持ちを創作で表現してみることが、人にとって大切なのですね。
ドイツでは、精神科のある病院のうち8割以上の病院にアートセラピーを受けられる機会があり、健康保険が適用されます。

宮田さんは、大学で学ぶほかに、ベルリン・モアビット地区の診療所 “WerkArt“ で、研修もしています。今回は、そのセラピールームを見学させてもらいました。

©Yuki Kubota診療所は、広いアパートメントの一角。明るい部屋の中央には大きなテーブルが置かれています。その周りには、学校の美術の授業でお馴染みの水彩絵の具や色鉛筆のほかに、アクリル絵の具や粘土、木工など画材や道具がいろいろ。診療所という雰囲気はなく、まるでアーティストのアトリエのようです。
ここには長期的な症状の患者さんのほか、子育てや生活の悩み、バーンアウトなどのうつ病で休養中の会社員の患者さんが通っています。

アートセラピーでは、言葉だけでなく創作を通じ、気持ちを視覚的に表すことで、自分でも気づいていなかった精神的な原因や自己理解がもたらされます。患者さんは、日頃は絵なんて描いたこともない、という人がほとんど。どうしていいかわからない戸惑いも含め、定期的に通いながら、自分が作ってみた作品や心境などをセラピストと対話し、患者さん自身が少しずつ気づきを深めていきます。

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「セラピストは指示したり、作品を診断するのではなく、患者さんが自分自身で気づきを得られるよう、適切にうながします。アート作品も、人の気持ちも、一人ひとりちがっていて、正解はありません。その人らしさが尊重される、人間らしい魅力的なセラピーだなと感じています」と宮田さん。

また、そういったカウンセリング形式のほか、自由形式のグループセラピーもあり、今回はその様子も見学させてもらいました。
こちらは作業がメイン。テーブルに向かう5名の患者さんは、お気に入りの画集から模写したり、スケッチに集中したりと、それぞれ思い思いに創作しています。患者さん同士や、セラピストさんと楽しそうに話しあう様子は、まるで創作教室のよう。
でも、これも治療の一環。医師の指示で何年も通う患者さんもいます。技術の練習ではなく、日常から離れたセラピールームで、手を使って何か創作に集中することで、気持ちがリラックスしたり、自分を見つめなおすことが目的です。

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ドイツでは、「人間ならストレスを感じるのは当たり前、個人差があったり、時には病気になるのも当然のこと」、という考えがあり、それをサポートする社会の仕組みがしっかりしていると感じると、宮田さんは言います。IMG_4304

ドイツでは、心の病気以外に、ガンなど重病患者とその家族向けの心のケア、老人ホームや学校のカウンセリングルーム、また、日頃のリフレッシュ感覚で、カルチャーセンター等でもアートセラピーのワークショップが行われています。

こうしたアートの使い方が、社会に浸透しているのです。

宮田さんは、大学で今後さらに2年間勉強した後に、ドイツで経験を積み、いずれは日本でアートセラピーを広めたいと考えています。

IMG_4306「研修で、アートセラピーを通じて、自信を取り戻したり、自分の魅力を確認できた患者さんたちのホッとしたような涙や、嬉しそうな笑顔をたくさん見てきました。世界ではこんなふうに、アートを通じて、効果的に自分の気持ちと向き合う医療も進んでいることを知ってもらえたら。なんとなく日々悩んでいる人もきっとたくさんいると思います。病気になってしまう前に、元気になることが大切。『セラピー』という枠にとらわれず、自分らしく生きていけるきっかけを提供できたら」

じょうず下手の技術ではなく、自分の心の健康のためのアート。
宮田さんがそんなアートセラピーを日本でも紹介することで、多くの人にアートが身近になって、よりよい生活につながるといいですね。

*宮田裕子さんブログ
「Berliner Himmel- ベルリンの空のいろ。」

 

 

著者紹介

久保田 由希

東京都出身。小学6年生のとき、父親の仕事の関係で1年間だけルール地方のボーフムに滞在。ドイツ語がまったくできないにもかかわらず現地の学校に通い、カルチャーショックを受け帰国。大学卒業後、出版社で編集の仕事をしたのち、フリーライターとなる。ただ単に住んでみたいと、2002年にベルリンへ渡り、そのまま在住。書籍や雑誌を通じて、日本にベルリン・ドイツの魅力を伝えている。『ベルリンの大人の部屋』(辰巳出版)、『歩いてまわる小さなベルリン』『心がラクになる ドイツのシンプル家事』(大和書房)、『かわいいドイツに、会いに行く』(清流出版)、『きらめくドイツ クリスマスマーケットの旅』(マイナビ出版)ほか著書多数。新刊『ドイツ人が教えてくれたストレスを溜めない生き方』(産業編集センター)。散歩、写真、ビールが大好き。

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