第18回 北オーストリアの巡礼路、そして旅の終わりとはじまり
ミュンヘンから南西のボーデン湖(Bodensee)へと続く270kmのサンティアゴ巡礼路、ミュンヒナー・ヤコブスヴェーク(参照:Münchner Jakobsweg)を歩く旅も、いよいよ本日が最終日です。
朝、宿のキッチンの片隅で、訛りの強い老婦人の話になんとか相槌を打ちながらパンとハムとチーズの簡単な朝食を済ませ、身支度を整えます。いまにも雨が降り出しそうな曇天。昨日宿へと歩いてきた道を少し引き返してもとの巡礼路に戻るつもりでいたところ、老婦人が先へと続く巡礼路を説明してくれました。
歩き出してほどなくして、ついにぱらぱらと雨が降ってきてしまいました。雨脚は強くなるばかりだったので、ポンチョを着こみ、軒下でしばしの雨宿り……。
少し雨が弱まったところで再びスタート。ドイツ一日照時間が長いというシャイデック(Scheidegg)という地域を通り過ぎますが、あちこちに飾ってある太陽のモチーフも今日は雨に濡れています。
■北オーストリアの巡礼路を行く
老婦人の言ったとおりの方角に2時間近く歩いてきましたが、通りかかった町中に立ててあった巡礼路の案内板を見て、夫と思わず顔を見合わせました。あれ? このまま進むと、私たちが目的地に定めてあったリンダウ(Lindau)ではなく、国境を越えてオーストリアのブレゲンツ(Bregenz)へ向かってしまうようです。
いったんカフェに入ってスマホの地図を開いて作戦会議。もちろん、この雨の中2時間を引き返すプランは却下。しかしここからリンダウへ軌道修正しようとすると、かなりの山越えをしなければいけないようです。結果、それも面白いかもね、とこのままオーストリア側へと向かうことにしました。「南ドイツ巡礼」改め、「北オーストリア巡礼」です。
そうと決まれば、近くにあったスーパーでランチ用のパンやソーセージを買って、再出発。しばらく歩けばまた山道へ。幸い、雨もやみました。
山道の途中、藪のなかにある無造作に黄色く塗られた国境の印らしき石を越え、オーストリアに入ります。もちろん、こんな山中には国境検問もなにもありません。ドイツ側と比べ、やや道の整備が荒くなったようにも感じますが、国境を越えた実感はありません。
■ボーデン湖が見えてきた!
標高1025mの山、プフェンダー(Pfänder)へと向かってもくもくと歩きます。標高1000mといっても、すでにずっと標高600~800mくらいのところを歩いてきているので、大した登りではありません。が、小さなアップダウンが続き精神的肉体的に疲れます。
途中、丘の上に建つ小さな教会の脇で景色を眺めながらのランチ。12時の鐘が鳴り、よい気分です。
さらに先へ進むと、ついに目的地のボーデン湖が見えてきました! スペインのサンティアゴ巡礼の最終日、道の向こうにうっすらと大西洋が見えてきたときの感動がよみがえります。
もうひと頑張りして、ようやくプフェンダー山頂へ到着。山頂にはカフェをしつらえたヒュッテがあり、先客たちがゆったりと景色を眺めながらお茶やビールを飲んでいます。せっかくの絶景なので、私たちも外の席に座り、熱いお茶を飲みながら冷えた体をあたためます
実は今夜の宿は、すでにリンダウに予約済み。目的地をブレゲンツに定めたものの、今夜はいずれにしてもリンダウに移動する必要があります。そこでカフェの店員さんに、ブレゲンツからリンダウまで歩いたらどれくらいかかるかを尋ねたところ、ものすごく不審な顔で「遠い遠い! 2時間か3時間か……歩く人なんていないからわからない」と。そうか、リンダウまでを歩くのはやはり難しそうです。
■最後の道のりがまた、長い!
さて、ここから、多少アップダウンを繰り返しながらも、もうその姿を現しているブレゲンツに向かって一気に下っていくだけです。……がここからがまた長かった! 上り道は精神的にきついものですが、体がこたえるのは下り。足も痛みます。見えているはずの街がなかなか近づいてきません。
街のはずれに建っていた教会で足を休め、残った元気を振り絞って中心部へとさらに向かいます。ブレゲンツは、夏には有名なブレゲンツ音楽祭も開かれるような大きな街。次第に増えていく人や車の波が、ずっと自然のなかを歩いてきた身にたまらなくうっとうしく感じられます。
さあ、ここがミュンヒナー・ヤコブスヴェークの(オーストリア側の)ゴールです! 15日にわけて歩いてきたこの巡礼路もここで終わり。感動もひとしお……と言いたいところですが、疲れ切っていてそれどころではありません。
街をゆっくりと抜けたあとは、駅の方向へ。リンダウまでは歩くと3時間なのに、電車だとわずか2駅、10分程度の距離です。
到着したリンダウは、とても可愛らしい街。しかし例によってゆっくり見て回る体力は残っていません。
ホテルにチェックインし、お風呂に浸かって疲れを癒します。そうこうしているうちに外は暗くなり、夕食に出るのがすっかり遅くなってしまいました。すると、イースター休暇明けということもあったのか、レストランはほぼ店じまい中! ようやく開いていたイタリアンレストランを見つけて、昨夜に引き続いてのピザの夕食……ゴールを祝っての素敵なディナーはかないませんでした。
■おわりに
ミュンヘンから列車でわずか2時間程度の距離が、徒歩になるとスムーズに歩けたとしても10日間はかかります。乗り物に乗っていると飛ぶように過ぎていく景色のなかに、どんな道、町や村、食べ物、動物たちの姿があったか。どんな人たちが暮らしていたのか。深く味わうことができる旅がますます好きになってきました。
ミュンヒナー・ヤコブスヴェークはここで終わりですが、もちろん巡礼路はこの先もスイス、フランスを抜けて聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラへと続いていきます。そちらへと向かって歩いていきたい気持ちもあるのですが、やはり初心の「はじめての道をじっくり歩いて私自身もよりディープな南ドイツを知って、そして巡礼路とこの土地の魅力を皆さんにお伝えしたい」を忘れずに、今度は別の南ドイツの巡礼路を歩いていきたいと思っています。
パッサウにレーゲンスブルク、ローテンブルクにヴュルツブルク……まだ行ったことのない南ドイツの街にも、それぞれの巡礼路が通っているようです。地図を眺めて「次はどこを歩こうかな」と計画するだけでわくわくが止まりません。
次回はミュンヒナー・ヤコブスヴェークのハイライトをお届けしたいと思っていますが、さらにその先は、また違う場所の「南ドイツの巡礼路を行く」旅を続けたいと思っています。引き続きお付き合いいただけたらうれしいです!
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著者プロフィール:溝口 シュテルツ 真帆(……と旅の相棒の夫)
2004 年に講談社入社。編集者として、週刊誌、グルメ誌を中心に、食分野のルポルタージュ、コミック、ガイドブックなどの単行本編集に携わる。2014年にミュンヘンにわたり、以降フリーランスとして活動。著書に『ドイツ夫は牛丼屋の夢を見る』(講談社)。南ドイツの情報サイト『am Wochenende』を運営中。http://www.am-wochenende.com/