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ドイツで羽ばたく日本人

人の心に届く、優しい歌を歌いたい 岡田麻衣さん

声楽を志すなら、本場ドイツで学びたいという人も多いと思います。岡田麻衣さんは日本の音大在学中に受けたザルツブルクとベルリンでの研修を経て、卒業後の現在はベルリンで声楽を勉強するために日々挑戦しています。スランプを経験し、悩みながらもドイツでトライし続ける姿に、声楽というジャンルを超えて共感する人もいるのではないかと思います。

小学生のときから夢は声楽家

 

岡田さんが歌を志したのは、小学3年生のとき。入団した合唱団でミュージカル『サウンド・オブ・ミュージック』の役に抜擢され、ソロを歌ったことから歌う楽しさに目覚めました。合唱団の先生に勧められ、小学5年生から歌のレッスンを開始。その頃すでに、東京都立芸術高等学校(現在は閉校)に進学したいと決めていたそうです。

 

「自宅の引っ越しの整理中に小学校の文集が出てきたので見ていたら、私は『人の心を感動させる声楽家になりたい』と書いていたんです」と、岡田さん。小学生のときから変わらぬ夢を持ち続けています。

入学した東京都立芸術高等学校は、校名の通り芸術を中心にカリキュラムが組まれています。岡田さんは、音楽理論やソルフェージュなど音楽を中心に勉強。そして東京芸術大学を受験しましたが、叶わずに浪人生活へ。その頃にドイツの作品に魅せられ、ドイツの大学院進学を目指すようになります。

国立音楽大学に入学後、3年生で大学の国内外研修奨学金を得て、ザルツブルクのモーツァルテウム夏期国際音楽アカデミーの研修に参加。そこでRenate Faltin教授と巡りあいます。

岡田さんは、教授が在住しているベルリンでもレッスンを受けるために、アカデミー研修の翌年にドイツ学術交流会(DAAD)の奨学金を得て2ヵ月間ベルリンに滞在。そしてさらなる研鑽のために、2016年3月にベルリンへやってきて、現在もFaltin教授に師事しています。

教会で行われた日系合唱団の演奏会で、ソロを歌唱。

教会で行われた日系合唱団の演奏会で、ソロを歌唱。

歌とドイツ語のレッスン、日独の違い

 

ベルリンに滞在してからは、歌のレッスンと並行して、語学学校でドイツ語を学習。もともと浪人中にドイツ語を習い始めていたので、ベルリンに移住したときは初心者ではありませんでしたが、ディスカッション中心の授業は大変だったそうです。ドイツにいる多くの日本人が言うことですが、日本ではディスカッションの機会が少ないため、発言するタイミングを逸してしまいがち。これはもう、経験を積むしかないのだと思います。

歌のレッスンは、ドイツと日本では根本的な部分では変わらず、日本のレッスン水準は高いと感じたそうです。ですが、日独で教え方の違いはあるそうです。

「日本では細かい部分まで具体的に教えていただきましたが、ドイツでのレッスンはもっと全体的というか、私の考えを尊重してくれつつ『でもこういう歌い方もありますよ』と教わっています」と、岡田さんは言います。

 

ドイツ生活を通して実感で理解したこと

 

岡田さんが歌う歌曲や宗教曲は、ドイツが本場です。本場で暮らすことで、歌に対する理解はどう深まるのでしょうか。
「歌詞の意味が感覚的にわかるようになって、作曲家が書きたかったものに近づけたような気がします。例えば、日本とドイツでは春の訪れ方が違います。ドイツの冬は暗くて長いので、気分も沈みがちです。でもある日突然太陽が出て花が咲き、一気に春がやってきます。それがどんなにうれしいか、ドイツで初めてわかりました」

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春を実感した森。歌詞の中の風景を見つけた!と、嬉しくなった。大学時代に先生から「細胞レベルで自然を感じてから声を出しなさい」と言われていたことが、スッと理解できた場所。

春を実感した森。歌詞の中の風景を見つけた!と、嬉しくなった。大学時代に先生から「細胞レベルで自然を感じてから声を出しなさい」と言われていたことが、スッと理解できた場所。

これは私もよくわかります。ドイツの暗い冬を経験すると、春を待ちわびる気持ちは日本とは比較にならないほど大きくなります。

 

 

また、街の至るところに教会があるため毎日鐘の音が聞こえたり、響きのよい教会の礼拝堂で歌えることも、ドイツだからこそ得られる環境です。岡田さんは歌詞そのままのような世界で生活し、ドイツ語を勉強することで、歌の細かいニュアンスもわかり「心から歌える」と感じられています。
さらに、30歳未満の人が作れる「クラシックカード」も大きなメリットだと、岡田さんは話します。これは年会費15ユーロで、コンサートやオペラに破格値で行かれるカードです。魅力的なプログラムが目白押しのベルリンで、このカードを使わない手はありません。こうした制度があるのも、本場の良さだといえます。
本場で学ぶことの意味は、単に技術的面だけでなく、生活からドイツを体感することそのものにあるのだと思います。

 

ベルリンのドイツチェ・オーパーで開かれた、大ファンのドイツ人ソプラノ歌手、Diana Damrauさんのコンサートにて。日本では数万円もするコンサートが、クラシックカード利用で8ユーロで聴けた。

ベルリンのドイツチェ・オーパーで開かれた、大ファンのドイツ人ソプラノ歌手、Diana Damrauさんのコンサートにて。日本では数万円もするコンサートが、クラシックカード利用で8ユーロで聴けた。

スランプに陥りながらも

 

じつは長いことスタンプに陥っているという岡田さん。思い通りに歌えず、「人前で歌うのが怖い」と感じるようになりました。コンサートで思うようにできなかったり、コンクールでの落選や受験に失敗したときなど、何回も「もう歌をやめよう」と考えたそうです。

 

そんなときに、ベルリンにある日系の合唱団や日本語補習校で手伝いをする話がトントンと決まりました。いつまで滞在するか見えない状態での海外在住では、偶然やタイミングが大きく物を言うときがあります。いくつかの話が決まったということは、もう少しベルリンで活動してみたら、という知らせなのかもしれません。受験やコンクールとは違った歌の可能性も見つかるかもしれません。

 

国立音楽大学同期の親友たちと、初めて一緒に開いたコンサート。歌曲や宗教曲、オペラ、童謡と、それぞれの個性を生かしたプログラムで好評だった。

国立音楽大学同期の親友たちと、初めて一緒に開いたコンサート。歌曲や宗教曲、オペラ、童謡と、それぞれの個性を生かしたプログラムで好評だった。

スランプになりながらも歌う岡田さんを支えるのは、「うまくいかないときも応援する」と言ってくれた高校時代の恩師や、ありのままの姿を受け入れてくれる親友たちです。
歌が好きという気持ちは、聴く人にきっと伝わると思います。歌が好きで、歌い続ける限り、道は続いていくのではないでしょうか。それは声楽に限らず、どんなことにもいえるのではないかと思います。

 

 

 

著者紹介

久保田 由希

東京都出身。小学6年生のとき、父親の仕事の関係で1年間だけルール地方のボーフムに滞在。ドイツ語がまったくできないにもかかわらず現地の学校に通い、カルチャーショックを受け帰国。大学卒業後、出版社で編集の仕事をしたのち、フリーライターとなる。ただ単に住んでみたいと、2002年にベルリンへ渡り、そのまま在住。書籍や雑誌を通じて、日本にベルリン・ドイツの魅力を伝えている。『ベルリンの大人の部屋』(辰巳出版)、『歩いてまわる小さなベルリン』『心がラクになる ドイツのシンプル家事』(大和書房)、『かわいいドイツに、会いに行く』(清流出版)、『きらめくドイツ クリスマスマーケットの旅』(マイナビ出版)ほか著書多数。新刊『ドイツ人が教えてくれたストレスを溜めない生き方』(産業編集センター)。散歩、写真、ビールが大好き。

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