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多和田葉子・高瀬アキ 沈黙と偶然のパフォーマンス

  舞台奥の白いスクリーンにはストップウォッチが映し出され、刻々と時が進んでいきます。「10秒」「20秒」…「1分40秒」…「4分50秒」…。即興でピアノを演奏しながら時を読み上げる声が響くたびに、傍らの朗読の声が中断し、文脈が断ち切られたまま次のページから再び朗読が始まります。いったい何が進行しているのだろう…かたずをのみながら、思わず体は前のめりになり、舞台に引き込まれていきます。

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 ドイツ語と日本語で小説や詩を執筆する多和田葉子さんと、世界で演奏活動を展開するジャズピアニストの高瀬アキさん。ベルリン在住の二人のパフォーマンスが11月に、早稲田大学小野記念講堂で行われました。テーマは「沈黙」と「偶然」。朗読会とも違う、コンサートでも演劇でもない、既存の舞台パフォーマンスの範疇に入らない、二人が作り上げる独特の世界に、最初は戸惑いながらも否応なしに巻き込まれていきました。

 

 多和田さんがきっぱりとした声で「同時通訳」と告げると、二人は同時に短い文を読み始めます。「となりのたけださんはたけのこに…」最初の音は同じなのに、そこから別々の文が枝分かれして成長していくかのようで、どちらに集中すればよいのかわからなくなって、意味を拾うことができません。「シネマに行って観たい映画を…」本来意味を伝え、理解の橋渡しをするのが「同時通訳」だと思っていたのに、普段何気なくしている「聞いて理解する」という行為が機能せず、早くも軽い混乱状態に陥ります。

 そして「沈黙は金か」という声が聞こえたかと思うと、話はドイツ語のSchweigen (黙っている、沈黙する)とVerschweigen(言うことがあるにもかかわらず言わずに黙っている、事実を隠す)との違いに及びます。ただ黙っていることと、言うべきことを言わずに黙っていること。同じ沈黙でも二つの間には大きな隔たりがあります。

 

 この日のパフォーマンスのタイトルは「4分33秒」。20世紀の米国の音楽家、ジョン・ケージの作品の題名です。曲の最初から最後まで「休止」の指示しか書かれていないため、演奏家は一音も発しないというこの作品は、静寂と無音との違いについてのケージの認識から誕生したといいます。このような考え方を出発点に、沈黙と偶然の実験が舞台上で展開されていきました。

 

 小さなかごに積まれていたオレンジ色のピンポン玉が、次々とピアノの中に放り込まれます。高瀬さんの弾くピアノから、不思議に硬い音やピーンと張り詰めた音がランダムに飛び出します。弦に物を挟むなどしてピアノの音色を変え、思いもよらない音を出す「プリペアドピアノ」は、ジョン・ケージも用いた手法でした。


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 その後も、声を出さずに二人同時に数え始め、19のところで偶然に合うかどうかどうかの実験や、背後のスクリーンに美術作品が投影される中で、短歌のような調子の文を何度か読むうちに文中の言葉がいつの間にか画家の名前に変わっていく「グラデーションだじゃれ」、大きなサイコロを客席の人に振ってもらい、出た目のページを開いて読む「サイコロ朗読」など、偶然性で遊ぶパフォーマンスがいくつも披露されました。

 

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 パフォーマンス後のトークでは、偶然性について、多和田さんはサイコロ朗読を引き合いに出し、小説は「最初から書いては いくが、でき上がったときにパッと開いたページがそこだけでも面白くなければだめだと思っている」、高瀬さんも「レコード針を落としたところが面白くなければ」と述べました。

 

  さらに質疑応答では、パフォーマンスにおいて何割が即興かという質問に、高瀬さんが「98%は即興」と答えたのに対し、多和田さんは「すべてテキストがあって、即興は5%もない」と、対象的な回答をしていたのが印象的でした。また、偶然について高瀬さんは、たとえサイコロを振って出た目でも、それをもとに人間がやることについては、人間そのものの個性を消すことはできないという見解を述べました。多和田さんは、偶然という仕掛けによって自分から別のものが出てきて、そのほうが自分らしいこともあると述べ、だから偶然を方法として取り入れると話しました。

 

  偶然性ももちろんですが、今回のパフォーマンスで繰り返されたのが、言葉が持つ音をめぐる遊びです。言葉の中でも音の要素に着目し、同音異議や似たような音を使った遊びが多く披露されたことで、自分が普段言葉を使うときにどれだけ意味に頼り、音の要素とその面白さを見過ごしていたかに気付かされました。世界中で積極的にドイツ語や日本語での朗読活動を行う多和田さんと、即興音楽を手掛ける高瀬さんとのセッションだからこそ、音としての言葉の面白さを存分に味わえたように思いました。

 

  多和田さんはこれまでに、ドイツではクライスト賞やゲーテ・メダル賞、シャミッソー賞を、日本では芥川賞や谷崎潤一郎賞など多数の文学賞を受賞。2018年には国際相互理解の促進に貢献した活動に与えられる国際交流基金賞を受賞し、パフォーマンス当日には『献灯使』が全米図書賞(翻訳部門)を受賞したことが発表されました。

 高瀬さんは、ドイツ批評家レコード賞を何度も受賞、2018年にはベルリン・ジャズ賞を受賞し、ジャズ、即興音楽の分野で国際的に高く評価されています。

 

多和田さんと高瀬さんの早稲田でのパフォーマンスは今年で9回目。来年も11月に開催する予定とのことです。

 

(写真はすべて早稲田大学文化企画課提供)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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