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ドイツと日本で色んな人の優しさに触れる

先日、母を亡くしたことを書きました。母は77歳でした。過去リンクは、第一弾(リンク)、第二弾(リンク)、第三弾(リンク)です。

母を失い、日本でもドイツでも色んな人の優しさに触れました。

儀礼的ではなく、あたたかな会話をしてくれたミュンヘンの墓地の職員

母のお墓の場所を決めるために弟と一緒に訪れたミュンヘンの墓地Waldfriedhof。母のお墓を建てる場所まで、職員が大きな車に乗せて行ってくれました。つまり墓地のなかを車で走ったのです。この職員さん、運転が荒くて、色んな所にぶつかりそうで、乗っていてハラハラしました。でも荒い運転とは裏腹に、この職員さん、とても優しいのです。よい意味で「ドイツだな」と思ったのは、弟と私に寄り添う言葉が儀礼的ではなかったこと。私達姉弟の亡くなった母が日本人であり、弟と私が「ドイツと日本という二つの文化に囲まれて育ったこと」を知ったその職員はご自身の個人的なことを話してくれました。妻がハンガリー人で、子供達が両方の言語を習っていること、言葉の習得のしかたも子供によって違うことなどなど。哀しみのなかで、こういう自然な会話ができたのは本当にありがたいことでした。

「親が危篤」と何回も連絡があったが、その度ごとに「親が持ち直した」話をコミカルにしてくれた日本人女性

日本でも思わぬところで人の優しさに触れることができました。夫と一緒に参加したある会合で、いつも顔を合わせる年配の女性がこう声をかけてくれました。「このたびはご愁傷さまでした。77歳は若いわよね・・・。私の家族の話をするわね。昔ね、親戚の中に私と同じく東京に出てきていた人も何人かいたのだけれど、田舎に年老いた両親を残しているから、よく東京に住む子供に「親が危篤」という連絡があったのよ。それで、心配して子供が田舎に帰ると、親は持ち直すの。そんなことが何回か続くうちに、子供は「今回の危篤の連絡も結局は持ち直すんじゃないか・・・?」なんて思っちゃうのよ。けれども、そういう時に限って親が亡くなってしまうの。・・・なにが言いたいかというと、お母様は突然死のような形だったからお辛いと思うけど、その逆の大変さや辛さもまたあるということなのよ」・・・・語りかけるような口調で話してくれました。それを聞いて、色んなことを考えさせられました。私はやっぱり儀礼的なことよりも、自分の体験を話してくれる人に癒される傾向があるようです。私を元気づけようとする気持ちが伝わって、とても嬉しかったです。

日本で長年通っている美容師さんも励ましてくれた

先日、長年通っている美容師さんのところに行きました。「痩せました?」と聞かれたので、母が亡くなったこと、突然の別れだったことを伝えると、美容師さんはご自身の母親が転倒し10年近く寝た切りの状態だったこと、母親の認知症が進むなかで娘の顔も夫の顔も分からないまま亡くなったこと・・・を話してくれました。この時も、ご自身の体験を語ってくれたことがとても嬉しかったのです。

親が亡くなった人の多くが「後悔」に悩まされるものです。私も母について、後悔を抱えています。母がまだ77歳という年齢で突然逝ってしまったため、健康面で何かできることはなかったのか、もっと人と交流する機会を設けるべきだったのではないか・・・などと色んなことを考えます。

「好きなことを最後までやるのが幸せ」姉の言葉が励みに

生前の母の健康状態について「ああすればよかった、こうすればよかった」と後悔の気持ちを口にしたところ、姉(父親が同じの姉)がこんなエピソードを話してくれました。

 「90代のミュンヘンの高齢者の男性がいてね。彼は昔からS-Bahnがとても好きだったのよ。だから、90代になって、目が見えにくくなって、耳が遠くなってからもS-Bahnに乗っていたの。ところが、ある時、本人はホームに出た…と思ったら、実はそれが線路で…。彼はS-Bahnに轢かれて死んでしまったのよ。家族や親戚はみんな「出歩くのをやめさせれば、よかった!」と後悔して号泣したの。でもね、S-Bahnが好きな人を「出歩かないように!」と家に閉じ込めておいたとしたら…本人は幸せだったと思う? 私は違うと思うわ。 彼は最後まで自分が好きなS-Bahnに乗った。その好きだったS-Bahnに轢かれたっていうのは、考えようによっては幸せなことよ」

そうなのです。人にはそれぞれの「好きなこと」「居心地よいと感じるもの」があるのです。それを家族が「長生きするために」と無理やり変えさせようとするのは本末転倒なのかもしれません。我が母の場合は「ドイツが好き」、そして「家のなかにいることが好き」でした。ドイツの家のなかで死ねたのは、母にとって幸せなことだったのかもしれません。姉の話は私のなかにスッと入ってきて、母にまつわる後悔が少しなくなった気がしました。

「似たような立場にいる仲間」と語り合い、励まされる

数年前から私には「似た状況にいる仲間」がいました。一人は「80代の母親が日本の老人ホームに入っている」というドイツ在住の日本人女性Yさん。もう一人は「かつて日本で駐在員だった父親(ドイツ人)が90代になった今も日本で一人暮らしを続けている」というドイツ在住のドイツ人女性Dさん。Yさん、Dさん、私に共通していたのは「自分が住んでいる国と遠く離れた国に高齢の親が住んでいる」という現実です。Yさんの母親は80代、Dさんの父親は90代なので、70代だった我が母親は「まだ若いほう」でした。そんな母が先に亡くなったことは皆にとって想定外のことで、YさんもDさんも驚いていました。

ところで、前述のドイツ人女性Dさんはいつも本音で話す性格です。母が亡くなった後、そのDさんが私との会話のなかで、こう言いました。「地球の反対側にいる親と連絡がつかない時、とても心配になるでしょう?私はまだ心配が続くけど、あなたはもう心配しなくてよいわけだから、なんだかあなたがうらやましいわ」ーーー私はこういう本音も嬉しいのです。

色んな人と母を失った悲しみについて話し、色んな人が本音で体験を語ってくれたり、励ましてくれたりしたことがとてもありがたいです。みんなの「元気づけよう」という気持ちに応えられるようにしたいです。

サンドラ・ヘフェリン

著者紹介

サンドラ・ヘフェリン

ドイツ・ミュンヘン出身。日本歴19年、著書に「ハーフが美人なんて妄想ですから!!」(中公新書ラクレ) 、「ニッポン在住ハーフな私の切実で笑える100のモンダイ』(原作: サンドラ・ヘフェリン、漫画: ヒラマツオ/KADOKAWA)、「『小顔』ってニホンではホメ言葉なんだ!?~ドイツ人が驚く日本の「日常」~」(原作: サンドラ・ヘフェリン、漫画: 流水りんこ/KKベストセラーズ)」など計11冊。自身が日独ハーフであることから、≪ハーフはナニジン?≫、≪ハーフとバイリンガル教育≫、≪ハーフと日本のいじめ問題≫など「多文化共生」をテーマに執筆活動をしている。ホームページ 「ハーフを考えよう!」 を運営。趣味は時事トピックについてディベートすること、カラオケ、散歩。

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