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「古びたワンタンフォント」考

ドイツに増えたな、と思うものがある。日本食屋さんとアジアスーパーだ。

子どもの頃、ミュンヘンに住んでいたときは、「SUSHI」はまだ物珍しい料理だった。「回転寿司」を謳う店に入ったら、揚げ餃子がレーンを回ってきて仰天したこともある。醤油を買おうと思えば、自然食品を専門に扱う店まで足を伸ばすのが当たり前だった。

ところがここ数年、ドイツでは東アジアの食材を扱うスーパーが一気に増えた。しかも、売り場に並んでいるのは聞いたことのないインスタント麺だけではない。蕎麦などの乾麺や、炒りごま、みりんといった、日本でもごく普通に売られている食材や調味料まで揃っている。

街中のスーパーに行っても、醤油はほとんど必ずと言っていいほど棚に並んでいる。パック寿司(サーモンとアボカドが中心だけれど)や、コンビニ風のおにぎり(ちょっと高いけれど)が売られているのも、すっかり珍しくなくなった。抹茶味のお菓子やドリンクのブームについては、日本でもさまざまなに報じられている通りだ。

生活者としては、本当にありがたい。作ろうと思えば、家でさっと日本とあまり変わらない料理を作れる。そのことが、海外で暮らしているとこんなにも心強いものなのかと、買い物をするたびに思う。

一方で、以前はよく見かけたのに、最近あまり見なくなったものもある。日本料理店やアジアスーパーの看板などでよく使われていた、あるフォントだ。

このフォントは、「ワンタンフォント」や「チョップスティックフォント」などと呼ばれている。

起源は19世紀後半のアメリカにあるという。「オリエンタル」趣味の流行に乗って、漢字の「はらい」や「止め」を思わせるようにデザインされたローマ字のフォントだ。言われてみれば、たしかに漢字を思わせる要素がないとも言えない。

ここで重要なのは、これがあくまで「漢字風」のデザインだということだ。このフォントは漢字圏のデザイナーによって生み出されたものではなく、「エキゾチックな東洋」を想起させる見た目を追求した、いわば外側からのデザインだ。

一目見れば「ここは中華料理店だ」とわかる、一種の記号として機能するこのフォントは、何かが「異種」であることを強調して、店のオリジナリティ、あるいは「中華料理」と括られる食事の中の多様性といった、それ以外の特性を捨象する。同時に、何かをレッテル貼りすることによって、「普通」を強化する。子どもながらにこのフォントに抱いていた違和感は、きっとこういうところから来ていたのだろう。

このフォントがいつアメリカからヨーロッパ、ドイツへいつ伝わったのか、そしていつ中国料理から日本を含む東アジア全体を指す記号になっていったのかは調べてもはっきりしない。ただ、少なくとも第二次世界大戦後には、ドイツにもこのフォントを使った看板や印刷物が存在していたことがわかっている。

そんなフォントが、最近、街中で以前ほど目につかなくなった。

ひとつには、このフォントが背負ってきた歴史が、少しずつ意識されるようになったからなのかもしれない。異なる文化を、表面的な特徴だけを拾って単純化し、「東洋らしさ」というひとつのイメージにまとめ、記号として消費する。そうしたオリエンタリズム的な視線の一端を、このフォントは担ってきた。そのことに対する意識が社会に浸透してきた証左かもしれない。

あるいは、「東アジアっぽさ」を表現するための記号としてのこのフォントが、少しずつ役割を失っているという理由も考えられそうだ。アニメや漫画、K-POPなどが世界中で市民権を得るにつれて、漢字やハングル、ひらがななどを目にする機会は格段に増えた。かつては「異国的なもの」としてデザイン化しなければ伝わらなかったものが、今ではそのまま目に入ってくる。接点が増えたことで、わざわざこういった記号を使う必要性が薄れたのかもしれない。

もちろん、ステレオタイプや先入観がなくなったとは言い難い。旅行ガイドブックや日本を扱ったドキュメンタリーを見ていると、そのビジュアルは驚くほど似通っている。「ゲイシャ」「竹林」「鳥居」といった伝統的なイメージか、「ネオンに覆われた夜景」「ロボットカフェ」といった近未来的なイメージ。あるいはそのどちらもが併存するエキゾチックな場所、という日本イメージは今でも支配的だ。

他者のことを想像するとき、聞きかじった情報を手がかりに、自分なりのイメージをつくってしまうのは避けがたい。そして、そのイメージが繰り返し提示されれば、それはいつの間にか「らしさ」として定着し、再生産されていく。どうにかこの輪を断ち切ることはできないだろうか?

古びた「ワンタンフォント」を使った店の前を久しぶりに通りかかり、そんなことを考えた。

著者紹介

美濃部遊

1996年生まれ。東京外国語大学でグローバル・スタディーズを学ぶ。大学在学中の2019年より、フリーランスとして主にドイツ公共放送の取材・番組制作に携わる。2021年から2026年までゲーテ・インスティトゥート東京に勤務。2026年よりベルリンの博物館にて勤務。

Instagram : https://www.instagram.com/yu.minobe/

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