ドイツでママ友作りをやめたら楽になったお話
こちらの回で、私が約五年間過ごした、ドイツの村での生活をご紹介しました。自然が多く、たくさんの人に助けてもらった場所ですが、初めてのドイツでの生活、子育て、もちろん楽しかった思い出だけではなく色々なことがありました。
今回は、息子が8ヶ月頃から始めたママ友作りについて、私が経験したことや気づいたことについてご紹介します。
村で息子との生活
長男が無事生まれ、村で新生児との生活が始まりました。第一子ということもあり、とにかくわからないことだらけ。ドイツでは退院後、ヘバメと呼ばれる助産師さんが12週まで自宅を訪問してくれます。不安なことやわからないことがあればいつでもヘバメに相談することができるので安心。お義母さん、近所の人などたくさんの人が助けてくれました。新生児のころは、とにかくあの小さくて頼りない命を生かすのに必死でした。
葡萄畑と緑に囲まれた小さなお家ですくすくと大きくなった息子。8ヶ月くらいになると、新生児の頃よりまとまって寝てくれたりと、少し心に余裕が生まれ始めました。 そして私は、第一子ならではの考えがよぎるようになります。
「私とばかりいたらこの子の社交性が育たないんじゃ・・・もっといろんな人や月齢の近い子どもと触れ合った方がいいのかな・・・」
今となっては、あの頃の私に「全然そんなこと気にしなくて大丈夫!!」と全力で言ってあげたい。でも当時は本気でそんな風に思っていたし、そういう場に行けばもしかしたらママ友ができるかもとほのかに期待をしていました。
いろんな赤ちゃん交流会に行ってみる
0歳〜3歳くらいの子どもと保護者を対象とした赤ちゃん会のことをドイツ語で「Krabbelgruppe (クラベルグルッペ)」といいます。Krabbeln=ハイハイ、gruppe=グループ・集まりという意味なので、直訳するとハイハイグループです。
地域のチラシやインターネットで調べ、車で5分ほどの隣村で開催されているものや、教会が運営しているものなど、色々なKrabbelgruppe (クラベルグルッペ)に行ってみることに。その頃の私のドイツ語はまだまだ初級レベルで、名前や子どもの年齢を聞くなどの簡単な会話しかできませんでした。
みんなで輪になり歌を歌ったり、自由時間にたくさんのおもちゃと遊んだり、息子はとてもご機嫌の様子。私も自分が知っているドイツ語を総動員して、なんとか何人かのママさんと少し話すことができ楽しい時間を過ごすこともあったのですが、個人的に連絡先を交換するような方には出会うことができませんでした。
また別の日、自分が住んでいる村の幼稚園で定期的に開かれているKrabbelgruppeにドキドキしながら初めて参加してみることに。
教室に入ってみると、そこには5~6人のママと赤ちゃんたち。主催者のような人がいるわけではなく、場所だけが開放されていて、決められた時間の中で自由に遊ぶといったタイプの集まりでした。「こんにちは」とにこやかに皆さんと挨拶したものの、そのあとはすでに仲の良いママたちが2つくらいのグループになりマシンガントーク。もちろん初級の私には会話の内容が全くわかりません。近くにいた別のママと少し話をして、私はドイツ語より英語の方がまだ話せたので英語に切り替えたのですが、その方は英語が苦手のようでその後は会話が続かず。
目新しいおもちゃに目をキラキラさせている息子とひたすら遊び、解散。今となってはあんなこともあったなあと思える笑い話ですが、当時の帰り道、ベビーカーを押しながら言葉がわからない悔しさと、時折、無理にニコニコしながら息子と遊んでいる自分が切なくて、とても悲しかったのを覚えています。
地域の体操クラブ
その頃、隣村の小学校の体育館で「幼児向けの体操クラブ」があるのを知り、毎週火曜日に通うようになりました。「体操クラブ」とはいっても、プログラムがあるわけではなく、保護者が自分たちでマットレスやボールを準備して自由に遊ばせるスタイルで、赤ちゃん会のようなものでした。毎回20組くらいの親子が参加していて、息子は楽しそうに走り回り、私は見守ったり一緒に遊んだり。向かいの家に住んでいるご夫婦の義理の娘さん親子も同じ体操クラブに通っていて、とても感じの良い方なので、タイミングが合えばお話してみたいなあと思っていました。その後その方とも何度か会話をすることができたのですが、特別な進展はなく、時間が過ぎていきました。
きっかけをくれた友達とのやりとり
色々なKrabbelgruppeに行くも、一向にママ友と呼べるような人ができず、結局息子と二人で過ごす日々。その日は韓国人のお友達と久しぶりに連絡をとっていました。当時、その子の娘ちゃんもまだ小さく、お互いの近況や子どものことの話などしていると「私ずっと赤ちゃんサークルに通っていたんだけど、もう行くの辞めたんだよね」という友人。理由を聞くと、そこに来ている他のママさんグループと色々とあったらしく、行きにくくなったらしい。
その日の夜、ふと友人のことを考えていました。自分の国でも他のママさんたちとの関係で色々と大変だった彼女。異国で言葉の壁がある状態でママ友探しをしている私。もしかしたら私は、結構ハードモードなことをやろうとしているのかもしれないと思うようになりました。なかなかの気づきの遅さです(笑)。ドイツ人のママたちの立場になってみると、普段子育てに追われるなか束の間の他のママたちとのおしゃべりは楽しい時間のはず。そんな貴重な時間に、言葉のたどたどしい私と話すのはなかなかエネルギーのいることだし、共通の話題などがなければ会話を続けることは難しいはず。大都会の色々な国の方がいて、いろんな言語が飛び交うような環境ならまだしも、アジア人を見ること自体が珍しい村での生活、さらに難度は上がっている・・・。日本に住んでいても、ママ友に限らず、大人になってから気の合う友人を作ることは簡単なことではありません。
なかなかママ友ができず、自分のコミュニケーション力や性格のせいなのかもと落ち込むこともあったので、いや、「難しいことをしようといている」と少し思えるようになりました。それから、無理にKrabbelgruppeに行くのを辞め、ママ友作りを一旦自分の中でストップすることに決めました。
開き直ってからは逆にとても気が楽になり、体操クラブでもあの人と話してみようかななど気にすることがなくなり、いちいち落ち込むこともなくなったので、息子に集中して楽しく時間を過ごせるようになりました。 「もし気の合うひとがいたら奇跡的でとてもラッキーなこと」と思えるようなっていきました。
日本人のお友達との出会い
こんな田舎に日本人はいないと諦めていた私。ある日、お義母さんが通っている車で10分ほどの街の日本語教室の先生が、近くの村に住んでいる日本人のママさんを紹介してくれることに(以下Aさん)。Aさんも子ども二人の子育て中。それから彼女が日本に本帰国するまで一緒に公園に遊びに行ったり、おうちで遊んだりと楽しく過ごすことができました。ママ友作りをストップしていた私ですが、Aさんとの出会いのおかげで私のメンタルは劇的に回復。私よりドイツ生活のながい彼女にたくさんのことも教えてもらい、とっても感謝しています。
その後、次男が生まれ新しい街に引っ越し、ドイツ語も当初よりは話せるようになっていました。新しい街で長男が幼稚園に通い始めてからも、「ママ友作りは頑張らなくていい」と開き直っていたので、お迎え時やイベント時、一人の時間があっても気になることがなくなって、楽しく過ごすことができました。そのうち息子の幼稚園の友達のママさんたち二人と仲良くしてもらい、今でも時々連絡をとっています。
あの、「ママ友欲しい期」に無謀にもたくさんのKrabbelgruppeに行ったからこそ小さな気づきがありました。ドイツ人のママ友を作るのは、決して簡単なことではない。もしできたなら、それはとてもラッキーなこと。だから、別に頑張らなくてもいい。そして、なんでも話せる日本人の友達がひとりでもいてくれると、それだけで心が軽くなる。いや、ドイツ人でも日本人でも国籍問わず、大人になってからなんでも話せる友達に出会えることは、奇跡的なことだなと思います。もちろん自分のコミュ力の問題も一因だったのかもしれませんが・・・(笑)。
長男が赤ちゃんの頃のあの帰り道は孤独だったけど、当時色々な思いが経験できて、あの時間も悪くなかったかなと思えます。
